このコラムの最後に「発言すること」という記事を書いた。そこでアラン・バディウーから聞いた毛沢東のエピソードについて触れ、グループを発展させるために自由連想法を応用するように提案した。だがあまり理解されなかったようだ。それどころか毛沢東主義などのレッテルまで貼られる始末である。そういえば、かつてバディウも、同じような決めつけをされたことを思い出す。

 批判のひとつは、グループにおいては分析の場でなされるような、自由連想的な作業はできない、というものであった。分析において分析主体analysantは自由連想の作業をするのであるが、グループにおいて同じようなことはできないというのである。だがラカンは、「教育の場において私は分析主体analysantとして在る」と述べている。教育の場、すなわち自ら設立したグループのなかでも分析主体として作業すると言っているのだ。

 分析主体analysantとして在るというのは、まず分析家analysteとしてではないということである。つまり相手に作業をさせるのではなく、自分自身が作業するのだ。それはまた支配者という、他人に何かを命令する立場でもない。四つのディスクールにしたがって大学のディスクールを取りあげると、知を携えてそれを誰かに教え込む者としてでもないのだ。

 分析主体として在るということは、ヒステリー的な分裂した主体として自由連想の作業のなかで知を見つけ出していこうと振る舞うことである。

 分析のセッションのなかでは作業は分析家への転移下でなされる。ではグループの中の作業において転移は成立するのであろうか。ラカンはグループにおいての「分析作業」では、転移が向けられるような分析家は存在しないが、グループが転移の支持として作用すべきである考える。それをラカンは「作業の転移」transfert de travailと呼ぶ。たとえばラカンの言うグループは、軍隊のように、グループの主導者のような人にたいして転移が成立するというものではない。もし、指導者に転移をおこして行動するようなスタイルを採るなら、分析的グループを他のものとを区別することはできない。こうした「作業の転移」によってのみ分析グループの中での作業が可能になるのだ。

 ラカンは、知を発見していく分析主体はヒステリー的存在である、と述べている。精神分析の主体、「ヒステリー的主体」は科学から排除された主体であり、科学のディスクールはヒステリーのディスクールと共通しているということを踏まえれば、知を追求するという立場としてヒステリーがやって来るというのは何らふしぎではない。この点からするとラカンが知を発見していくために分析主体=ヒステリーとして在るというのはうなずける。

 私は精神分析のためのグループはおよそグループらしくないものでなければならないと言っている。それは分析家は分析の場ではあらゆる理想の機能を停止させなければならないからだ。そのために他のグループのように制度とか規則、または固有名詞を前面に出すことはできないのだ。そこでは、各自が自由にものを言い、考えて、新しい知を構築していかなければならない。既存の組織のあり方をスライドして当てはめ、そこに安住することに意味はない。新しい知を構築する作業を地道に続けていき、獲得された知を蓄積していくことで、初めて精神分析はこの地に根付き、何か新しい息吹をもたらすことが可能になるだろう。


(旧サイトからの転載)