フランスではラカンについてのいろいろな人の証言がたくさん出されている。彼の死後20年以上経ったつい最近も、生前ラカンに近かった人たちとのインタ ビューを集めた『カルチエ・ラカン』という本が出て話題を呼んでいる。それらに目を通すと、ラカンというのはとても変わった人間であったようで、一体どん な人間だったのだろうという興味が湧いてくる。

 では何がそんなに変わっているのかというと、それを一言で言うのは簡単ではない。別のところでも述べたことがあるが、彼は様々な面を持った人間で、見る角度によって全く違うプロフィルを見せてくれる人なのだ。多彩な人と言っても良いであろう。フロイトのイメージは、まじめな研究者としてのグレーな色調が 似合っているのにたいして、ラカンは色彩に富んでいるのだ。

 色が出たので色っぽい話として女性関係を見てみれば、フロイトがおそらく生涯妻のマルタしか女性は知らなかったのにたいして、ラカンは女性関係での艶聞が絶えず、かなりのドンファンであったようだ。また服の趣味にしてもフロイトはいつも地味なスーツでネクタイをしているのにたいして、ラカンの服装の趣味は派手であった。若かった頃はかなりダンディーであったが、年を追うにつれ奇抜と言ってもよいような格好、趣味がよいと言うより、ちょっとぎょっとするよ うなものを好んだ。

 このような週刊誌的な興味をそそる事柄も、ラカンのひとつの面を見せてくれるという点では貴重であって、単なるインテリという枠内に収めることのできないラカンのユニークさを感じさせてくれる。知的な冒険者としてのラカンとこの社交的な俗物が不思議な割合で混合し、表現しがたい魅力を持った「変わった人間」ラカンを作りあげているのだ。

 では、知的な側面から見るとラカンはどのような人であったのだろう。

 フロイトの知的背景と比較すると、ラカンのそれは哲学的なものの比重の大きさである。もちろんフロイトにも哲学的な言及にことかかないが、フロイトはどちらかというと哲学的な思弁を嫌い自然科学的な実証主義を拠り所にしようとしたのにたいして、ラカンは大きな哲学的素養を持ち、哲学者を持ちだして自分の理論の構築の支えとすることも少なくなかった。

 現代のフランスは哲学的には世界の中心とも言える地位を占めており、戦後の哲学界を常にリードし、哲学的運動の 中心となる哲学者たちを多く輩出してき た。これらの哲学者たちとラカンは共に歩き、彼らから様々なものを吸収し、また彼らに大きな影響を与えてきたのである。ざっと名前を挙げると、サルトル、 メルロ=ポンティー,レヴィ=ストロース、アルチュセール、バルト、デリダ、ドゥルーズなど現代哲学のそうそうたる顔ぶれである。またフランス人ではないがハイデッガーの名前も忘れることはできない。

 ラカン自身は哲学者ではなかったし、 自分が哲学者の中に入れられることをはっきりと拒否したであろうが、精神分析理論が哲学と深い関係を持っていることを誰よりも理解していた。というのも、精神分析理論というのは主体についての理論であって、主体についての理論というのは精神分析が誕生するまでは哲学が 多くの点でそれを引き受けていたからである。またラカンがする歴史上の大哲学者の解釈は非常に興味深いものが多く、哲学の教授からは得られないような新鮮さを持っていた。

 フランス現代哲学の多くの人たちは文科系の知識を重要視し、数理系の知識にあまり重きを置かないと言う傾向がある。サルトルもそうであったし、ドゥルーズもそうであった。フランス哲学は英米の実証哲学にたいしてその点で遅れをとっている。その中でラカンは科学に大きな地位を与え、フランスの哲学の流れに 逆らって科学的な観点、数学的な考えを自らの思想に導入することを躊躇しなかった。たとえばゲーデルの不完全性定理に数学の外であれほどの重要性を与えたのはラカンが初めてであろうし、彼の最後期の結び目の理論も一線の数学者と共に開拓していったのであった。

 哲学、科学的な背景に加えて彼の芸術的なものとの 繋がりも強いものがあった。彼自身は芸術家ではなかったが芸術家とは親しい関係にあり、戦前ではダリとかのシュールレアリスムの連中と親交を深めていたことは有名であり、また二番目の妻、シルビアもジョルジュ・バタイユの妻だった人であり、彼女自身も女優であった。文学的にも現代、古典と広い分野に深い造詣を持ち、文学研究家にも考えつかないような切り口で様々な作品を料理するやりかたは見事である。文学に関係して文体ということに触れると、彼の持っている文体は難解だということで有名で、これは彼の「変わった人間」らしさをまさに表わしており、それには 奇妙なという意味を持つバロックという評価がなされている。

 このように、ラカンの持っている知的背景のすべては第一級のものであり、かつラカンのマークが深く印されているのである。彼が残したものを知れば知るほ ど、ラカンのスケールの大きさに驚かされる。おそらく20世紀が生んだ歴史的な人間の一人であるといっても言い過ぎではあるまい。だが20世紀は十分にラカンを評価したとは言えない。おそらく彼の本当の価値が認められるのはこの21世紀であろう。フィリップ・ジュリアン著『ラカン、フロイトへの回帰』を訳したのもそのような思いからである。ラカンの弟子の一人であるジャック=アラン・ミレールはラカンの前で感じた印象をこう表わしている。「アルチュセールなどと一緒にいると現代の優れた一哲学者の前にいるという感じであったが、ラカンを前にすると何かプラトンとかデカルトのような歴史上の人物がいるような気がした」。これはラカンを作りあげている様々な面が醸し出す圧倒的なイメージなのである。

 ラカンのもっている様々な面は上に述べたものだけではもちろんない。ここでは紹介できなかった彼の重要な一面に 臨床家としてのラカンがある。そこにもやはり「変わった人間」ラカンが顔を出しているのだが、残念ながら紙面も限られているのでまた別の機会に譲ることにしよう。

『誠信プレビュー』第79 号(誠信書房), 2002,pp.5-8.

(旧サイトからの転載)